「するする」は、印刷のあれこれをするする読んで楽しんでいただけるよう、「1記事が6分半で読める」をコンセプトに日経印刷が運営する暇つぶしのメディアです。

メニュー

検索する

×
自慢する自慢する

ややこしい! 文字の大きさたち 「ポイント」編

突然ですが、「文字の大きさ」はどうやって決まっているかご存じでしょうか?

日本語の組版においては、文字の大きさは「級」「ポイント」「倍」「号」などさまざまな単位によって規定されています。単位ごとにそれぞれの基準、ルールがあり、媒体によって使い分けられることがあります。なんだかややこしいですね。以前の「印刷モノ」をレビューする! 第3回:「永遠も半ばを過ぎて」の記事では、このうち「級」についてご紹介しました。

今回はもう一つの単位「ポイント」についてみていきましょう。今日誰もが知る単位でありながら、その実なかなか入り組んだ経緯があるのです……

実は4種類ある「ポイント」

一般に文字の大きさというとまず浮かんでくるのは「ポイント」:ptではないかと思います。Microsoft Officeのソフトなどにも搭載されているので、多くの方が一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

「ポイント」という単位は活版印刷時代のヨーロッパにおいて考案されました。活版印刷は金属を鋳造した活字を並べて版をつくり、インキを版につけて紙に転写する仕組み。当然ながら、きれいに印刷するためには活字のサイズを統一する必要があります。

ところが、活版印刷が発明されてからしばらくの時代、活字のサイズは数値では決まっていませんでした。かわりに、それぞれのサイズの活字を「ルビー」「ダイアモンド」「シセロ」など固有名詞をつけて呼んでいたのです。そこで、活字のサイズを数値で決める「ポイント」が考案されることになります。

では、1ポイントとは具体的にどんな大きさをさすのか? ここに紆余曲折がありました。「ポイント」の考案は国際規格のメートル法が制定されるよりも前の出来事だったこともあり、「1ポイントをどれだけの大きさとするか」は地域や時代によってまちまちだったのです。代表的なものというと、以下の4つが挙げられます。

フルニエ・ポイント
ディドー・ポイント
アメリカン・ポイント
DTPポイント

フルニエ・ポイント

一番古い「ポイント」は、1737年にフランスのピエール・シモン・フルニエという人物が提唱したフルニエ・ポイントだと言われています。フルニエは、前述のポイント以前の「シセロ」というサイズの活字をベースに、1シセロを1インチの1/6、1ポイントを1シセロの1/12と定めました。まとめると、「1ポイント=1インチの1/72」となります。なお、このときの「インチ」とは「当時のパリでいうインチ」であり、今でいう国際基準のインチとは異なります。また、肝心の寸法の詳細については諸説あり、1ポイント≒0.3478 mm あるいは0.34882mmだとされています。

ディドー・ポイント

二番目の「ポイント」は、1783年に同じくフランスのフランソワーズ・アンブローズ・ディドーという人物が提唱し、ディドー・ポイントと言われています。「1ポイント=1インチの1/72」という基準はフルニエと同じですが、ここで用いたインチはフランス統一規格の「王のインチ」と呼ばれるインチ。いわば、フルニエ・ポイントをよりメジャーになるよう改良したわけですね。mm換算すると1ポイント≒0.3759mmとなります。これがイギリスを除く欧州で広く用いられるようになりました。

アメリカン・ポイント

三番目はアメリカン・ポイントといい、その名の通りアメリカ発祥の規格です。成立は1886年、アメリカの活字鋳造業者の教会によって承認されました。なんとサイズの基準にインチを用いるのではなく、当時のアメリカで広く流通していた「ジョンソン・パイカ」というサイズの活字をもとに、「1ポイント=1ジョンソン・パイカの1/12」と決めてしまいます。

「ジョンソン・パイカ」とはL. Johnson and Companyという民間の活字鋳造所が製造していた活字です。「パイカ」とは前述の「シセロ」の英米での呼び名で、もとは「カササギ」という意味の単語です。つまり「パイカ」と「シセロ」は同じサイズの活字になります。理論上はフルニエやディドーと同じく「1ポイント=1インチの1/72」となるはずなのですが、基準になる「ジョンソン・パイカ」がきちんと1/6インチのサイズになっていなかったため、ヨーロッパのポイントと寸法がずれてしまいました。mmに換算すると1ポイント≒0.3514 mmとなります。

実際にはヨーロッパの大陸に倣ってきちんとインチに準拠してポイントを制定しようと提唱していたNelson Hawksという人物もいたのですが、アメリカではすでにさきほどのL. Johnson and Companyやその後継企業Mackellar, Smiths and Jordanが製造した活字が広く普及していたため、大量の活字を作り直す手間を懸念して「ジョンソン・パイカ」からの換算が基準となったようです。合理的判断なのか、そうでもないのか……。これがアメリカ・イギリスでの規格となりました。日本にも輸入され、日本産業規格(JIS規格)で採用されています。

DTPポイント

最後がDTPポイント。現在のMicrosoft OfficeやAdobe社のソフトには、こちらが採用されています。基準はフルニエ・ポイントと同じく「1ポイント=1インチの1/72」。ただし、ここでいうインチは国際規格のインチです。mm換算すると1ポイント≒0.3528 mmとなります。

現在では印刷物の組版はほぼすべてDTPソフトを用いて行われているため、1ポイントはDTPポイントのことだと考えてよいでしょう……と言い切りたいのですが、一部のDTPソフトではアメリカン・ポイントも使用できるようになっています。特別扱い、でしょうか?

日本の活字文化への影響

DTPポイントによって寸法は確立されたものの、もともとインチを基準としているため、やはりメートル法の文化で育ってきたわたしたちにとって「ポイント」は少々扱いづらいものがあります。仕事で使うちょっとした文書にはポイントで十分かもしれませんが、緻密なレイアウトが要求される印刷物などでは、計算が煩雑になるのは避けられません。そういうわけで、日本語の組版の現場では1級=0.25mmの級数が用いられることが多くなっています。

ただ、ポイントが日本語の組版になじまない存在かというと、そういうわけではありません。ポイントを利用して組版を行うオペレーターも数多く存在していますし、何より日本の活字文化のあちこちに「ポイント」の影響が残っているのです。

謎の「10.5」

日本語版のMicrosoft OfficeのWordを起動すると、文字の大きさがデフォルトで10.5ポイントとなっています。プルダウンを開いてみると、他の選択肢がみな整数となっているなか、10.5だけ0.5刻みの数値になっていますね。なぜ「10.5」なのでしょう? 実はこれ、もともとあった日本の活字サイズに合わせた特別な寸法です。

日本にはポイント・級数とは別で「号数」という独自の活字規格がありました。「号数」とは江戸時代の人物本木昌造が提唱した単位で、初号から八号まで全9種類の大きさで構成されています。詳細の説明についてはまた別の機会をお待ちください……。さて、10.5ポイントとは、この号数の規格に由来しています。

かつて、日本の役所などから出る公文書では、文字の大きさはこの「号数」を用いて「五号」を使うように、と定められていました。のちに日本工業規格(現在のJIS:日本産業規格)にてポイントが規格化された際、元来の五号は「10.5ポイントに相当する」とされ、公文書の作成にもそれが引き継がれます。

こういった背景を考慮し、日本語版のWordでは10.5ポイントの設定がデフォルトで組み込まれています。

あの「ルビ」もポイント由来

日本語の組版においてふりがなのことを指してルビと呼ぶ場合がありますね。これもポイントを起源としています。

記事の冒頭でも書いていますが、ポイント制が導入される前の西洋の活字サイズは「ルビー」「ダイアモンド」「シセロ」などの固有名詞がつけられていました。このうちの「ルビー」が日本語の「ルビ」の由来になります。ルビーは現在で言う5.5ポイントの大きさをさしています。

号数制の時代では、五号活字にふりがなを振る際、より小さな七号活字というサイズを用いていました。七号活字はポイントに換算すると、約5.25ポイントに相当します。この七号活字が西洋の「ルビー」とほぼ同じ大きさになっていることから、ふりがなのことを「ルビ」と呼称する習慣が生まれました。

先人たちに感謝!

誰もがお世話になってきた「ポイント」という単位。現在では国を越えた統一規格として広く普及しているものの、その成立には紆余曲折があり、さまざまな地域・時代で検討が重ねられてきました。

今のわたしたちにとって文字の大きさなどソフト上の一機能で簡単に調節できてしまいますが、これは先人たちの試行錯誤のたまものでもあります。ちょっと計算が面倒でも、度量衡が定まっていることのありがたみは忘れないようにしたいものですね!

関連する記事

息抜きする

「印刷モノ」をレビューする! 第6回:「サラマンダー ―無限の書―」 後編

前回に続きトマス・ウォートンの『サラマンダー ―無限の書―』をご紹介します。 この作品、実は一番大事な要素が「印刷」そのものなのです!

息抜きする

「印刷モノ」をレビューする! 第4回:「不思議な少年 第44号」後編

前回に続きマーク・トウェインの『不思議な少年 第44号』をご紹介します。 なぜトウェインはこの作品に印刷工場を登場させたのか? これを作品内の2つの要素から考察していきます。

自慢する

印刷会社の七つ道具!? 制作部 後編

前編に引き続き、制作部の七つ道具をみていきます。後編は印刷以外にもいろんな分野のお話が聞けそうな予感……!?